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中戸川 さん(ライター)

農ヒストリー vol.1~司馬遼太郎の喝~

農ヒストリー vol.1~司馬遼太郎の喝~
突然ですが、次のクイズにお答えください。

「1920年は日本に住む4人に1人が農家でした。100年後の2018年はどうなったでしょうか?」

① 70人に1人
② 50人に1人
③ 30人に1人

正解は①です。もはやなかなか出会うことができないレベルといえます。農を取り巻くこの大きな変化が私たちの暮らしに何をもたらしたのか、立ち止まって考えてみようというのが、今回の企画の趣旨です。農は「今日」をみているだけでは全貌をつかめません。長い「過去」の積み重ねが「今日」をかたちづくっているからです。「農ヒストリー」というタイトルにはそんな思いをこめました。

司馬遼太郎(1923~1996)という作家をご存じの読者の方は多いとおもいます。「竜馬がゆく」「国盗り物語」「燃えよ剣」「翔ぶが如く」。戦国時代や幕末期のひとたちをいきいきと描き、日本とは何かを問いつづけた作家です。坂本龍馬も司馬さんが小説で取り上げたことで一躍歴史のスターダムにのし上がりました。教科書で習う面白みのない歴史とは異なる司馬さんの作品に、どっぷりはまった読者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

「土地と日本人 対談集 司馬遼太郎」(中公文庫)という1980年に出版された古い本が筆者の手元にあります。土地をテーマに司馬さんが幅広い分野の専門家と語り合うという内容です。

筆者は司馬作品をすべて読破した司馬ファンです。司馬さんの自宅(記念館として一般開放)にも足を運んだほどです。そんな筆者からみて、この本は異色だと断言できます。なぜなら、ふだんはユーモラスな人柄がにじみでる文章を書く司馬さんが、この本にかぎって怒りの感情をあらわにしているからです。何に怒っているのでしょうか。ここがきょうの本題となります。

司馬さんのことばを紹介します。

「ぼくはいわゆる河内の国(注・現在の大阪府東部)に住んでいるわけです。ぼくは中河内ですが、金剛山麓の南河内というところは、大和(注・現在の奈良県)に似て景色のいいところなんです。いまから12、13年前(注・この発言時は1975年)までは、そのあたりの丘陵地帯を歩いているだけで実にいい感じのする田園だった。いまはそこがいちばん悪くなっています。ゴミの山です。つまり自分の農地をだれかに売ってしまう。買うのは投機業者で、投機業者でなくて企業家であっても、土地の値上がり待ちを考えているかぎりは投機業者です。値上がり待ちで土地を遊ばせておく。ゴミの山になってしまう。農業にもいろんな問題があると思うんだけれども、とにかくこの国において何をどうする、ということをどう考えてもすべて枝葉です」

「ぼくの家の近所の百姓というのは、坪40万円ぐらいのところで大根をつくっている。いつか土地が高い値で売れると思いつつ、退屈しのぎに大根を作っている。荒廃もいいところです。資本主義社会と合理主義というのは不離のものだけど、そこには合理主義のカケラもない。これでは資本主義社会では決してありません。大根1本作るために投じる原価が、大根の値段を決定するわけだが、そういうものもない。上代以来、人間の精神を支えてきた生産の喜びもない。どうしようもないですね」



「農地」と「住宅・工場」はコインの裏と表の関係にあります。司馬さんが上の発言をした昭和の中ごろは、まるでオセロのように「農地」がつぎつぎと「住宅・工場」に姿を変えていました。司馬さんはこのオセロが農家の心を変質させたと嘆いているのです。

司馬さんは別の本でこんなことも書いています。「私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる。歴史のなかにもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである」。よほど昔を生きたひとたちに愛着をもっているのでしょう。そんな司馬さんにすれば、目先の利に心を奪われ、脈々と受け継がれてきた営みから遠ざかる農家は受け入れたくなかったのだとおもいます。



現代はどうでしょうか。司馬さんが警鐘を鳴らしたオセロが行き詰まってきたと感じています。最近、ある大手不動産会社の営業マンと話す機会がありました。かれの会社は農地をもつ地主に営業をかけ、農地にアパートを建ててもらい、地主と収益を分け合うというビジネスモデルです。かれにいわすと、人口減少によって肝心のアパートの住人が集まらず、このモデルが成り立たなくなってきているそうです。「どうすればいいかわからない」。かれのことばです。天国の司馬さんの「喝!」が聞こえてきそうです。

これからさまざまな農のヒストリーを取材し、記事にしていくつもりです。不定期ですが、よろしくお願いします。ご意見やご感想をお寄せください。
(株)アグリメディア 中戸川誠 nakatogawa.m@agrimedia.jp

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